高岡大仏 [日記]
高岡城址の ”太鼓橋” から五分ほど歩くと、高岡大仏と呼ばれる高さ16mの大仏さまがありました。
古くは1221年(承久3年)に高岡近郊の二上山に建立されたものを、前田利長が高岡に入った1609年(慶長14年)に城下に移転したものだそうで、その後何度か火災で焼失したそうです。
最期に焼失したのが1900年(明治33年)発生した高岡大火の時で、その後、高岡の伝統産業である鋳物の技術を用いて1933年(昭和8年)に開眼法要が行われたのが現在の大仏さまだとのこと。
歌人の与謝野晶子が高岡大仏を見て「鎌倉大仏より一段と美男」と評したとかで、富山県の公式観光サイトには「日本一の美男と呼ばれる阿弥陀如来坐像」と書かれていました。(仏様に性別はないと思いますが…)
大仏の台座の内部は回廊となっていました。そこに収められていたこの仏さまのお顔は、1900年の大火にあった高岡大仏の焼け残りなのだとか。
壁面にあった地獄図。
地獄図を見ると、子供の頃にしょっちゅう連れていかれた六道さん(六道珍皇寺)の地獄図を思い出して、今も悪いことはしないでおこうと戒められる気持ちになります^^;
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