昨夏の伊豆の旅、二日目の午前は下田の街をぶらぶらしました。下田といえば日米和親条約で函館(函館)とともに開港した港。開港後にペリーの艦隊が押し寄せた地ということになります。
Mobs黒船ミュージアムの入り口にあったペリーの似顔絵。下田以外で見てもペリーだとは思わないかもしれません^^;
朝食に金目丼をいただいた後、まずは下田城址へ向かいました。といっても公園の無料駐車場に車を止めただけです。
下田城は北条氏によって築かれた城で、小田原水軍の根拠地だったそうです。
ここは河口になっていて、稲生沢川にはたくさんのクルーザーが停泊していました。オーナーは皆さんお金持ちなんでしょうね…
しばらく歩くと、ペリー艦隊来航記念碑というのがありました。こちらのペリーさんは男前でした。
その先には平滑川という川に沿って続く石畳の道がありました。和親条約締結後に下田に入ったペリーが歩いたとかで、ペリーロードとして観光地になっています。
江戸末期から大正時代にかけての建物が並んでいて、港町のイメージとは違って風情のある街並みでした。
アンティークショップやカフェなどもあって、落ち着いた雰囲気でした。
長楽寺というお寺に立ち寄りました。日露和親条約の調印や、日米和親条約の批准書の交換が行われた場所なんだそうです。こういうお寺で、外交交渉をやってたのを初めて知りました。
さらに歩くと、了仙寺というお寺に到達。幕府と条約の細かい規定を定める交渉を行い、いわゆる下田条約を締結したのがこのお寺だったそうです。
その境内にあるMoBS黒船美術館は了仙寺の宝物館をリニューアルして2106年にオープンしたそうで、黒船やペリー、ハリスなどに関連する絵巻・図画・書籍などが展示されていました。時間があれば、ゆっくり見てみたいところです。
1829年度製の大砲 30ポンドカロネードというそうですが、この大砲による恫喝で鎖国の日本をこじ開けたのですね。今も昔もかの国?のやり方は変わりませんね。