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五稜郭 [日記]

五稜郭タワーから五稜郭跡である五稜郭公園へ向かいました。

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お堀の水はしっかり凍っていました。

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改めて気温の記録を見たら、3月3日の函館の最低気温は-8.8℃。なるほど。凍りますね。

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堀を渡って郭内への入口に入ったあたりには、前夜の風雪で石垣に雪がこびり付いていて、よく見えませんでしたが、石垣がありました。五稜郭は土塁で作られていますが、当初の計画ではすべての土塁に石垣を築く予定だったとか。そうなってれば、外観ももっと精悍な感じになっていたのかもしれません。我が国を取り巻く情勢や予算不足で計画どおりには石垣は整備されなかったようです。

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郭内を進んでいくと、「函館奉行所」が見えてきました。2000年(平成12年)の「箱館奉行所復元構想」に始まり、2010年(平成22年)に復元工事が完成したのだそうです。

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500円の入館料で内部を見学できます。

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やっぱり、明治元年(1868年)の戊辰戦争における最後の戦いとなった函館戦争前後の資料展示が多かったです。この戦いのことはよく知らなかったので、今回は勉強になりました。

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1864年(元治元年)に完成し、1871年(明治4年)に解体され、存在した期間はわずか7年という函館奉行所。それを100年以上経ってから復元しようというのは相当なチャレンジですね。

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郷土史家によって収集された資料や、図書館などに残る膨大な資料類や写真の分析、さらに発掘調査の結果などと合わせて、相当に正確な復元となったようです。特に写真の解析が役立ったようです。

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史跡のであることから、復元は歴史的資料に基づく必要があり、また元々あった場所での復元なので、その遺構を壊さずに作らなければならないなど、いろいろとたいへんだったようです。

写真に残っている建物正面を中心に復元され、その広さは1,000平方メートルで、かつての建物全体の1/3なのだそうです。

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近くに大砲が二門置かれていましたが、雪で近付くことも見ることもできませんでした^^;。旧幕府軍のイギリス製と、新政府軍の艦上の大砲(ドイツ製)だそうです。どちらも昭和になってから発見されたものだとか。まだまだ地下には何か埋まっているのかもしれません。

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雪景色の五稜郭はとても美しく、また静かでした。2月初旬に行った金沢・兼六園では真冬にも関わらず雪の無い「雪吊り」を見ましたが、ここ五稜郭で雪のある「雪吊り」を見ることができました^^。

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